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by t-koba910

日本とトルコの友好関係

首相官邸のメルマガで読んだ日本とトルコの友好関係について。
だいぶ前にNHKのドキュメンタリでこのエピソードを聞いたのを思い出しました。

<以下、メルマガより引用>
明治23年、海路11カ月かけて横浜に到着したオスマン帝国のオスマン
・パシャ特派大使を団長とする約650名の使節団は、明治天皇への謁見を
終え帰国する途中、台風に襲われ、一行が乗船するエルトゥールル号は和歌
山県沖で沈没。数百名が死亡する大惨事になりました。
 このとき、付近の住民が懸命の救助活動にあたりました。69人の生存者
は、その後、日本海軍の巡洋艦でトルコまで丁重に送り届けられました。そ
の後、和歌山県串本町に慰霊碑が建立され、5年に1度、慰霊の式典が行わ
れています。
 それから95年経った昭和60年、イラン・イラク戦争の最中、爆撃にさ
らされたテヘランから脱出しようとする在留邦人を救ってくれたのがトルコ
でした。
 日本はテヘランに定期便を乗り入れておらず、テヘランから国外へ脱出す
ることは絶望的と見られていましたが、日本の大使館員や現地駐在員の必死
の思いは近隣国トルコに届き、トルコ政府は、日本人を救出するために特別
機をテヘランに派遣してくれたのです。「イラン領空内の全ての航空機を攻
撃対象とする」というイラクの攻撃開始宣言のタイムリミットぎりぎりに特
別機はイランとトルコとの国境を越え、「トルコへようこそ」という機長の
アナウンスが機内に流れたときは、大きな歓声があがったということです。


このエピソードを聞いて涙したのを覚えています。
トルコの人達は95年前の日本人に対する恩を忘れずにいたのです。
そして「・・・この大きな歓声があがった」の続きですが、助けられた日本人が機長に「なぜ、トルコ国民でない我々(このときもテヘランから逃げられずにいたトルコ人が多数いたらしい)を助けてくれたのか」と、問うと、機長は「我々は日本の友人に95年前の恩返しをしただけですよ」と答えたそうです。
今もこの話を思い出すと必ず目が熱くなります。(今も現在進行形で目が熱いです・・・)

国際社会に生きる一人の人間としても、昔の出来事とは言え、こういう話は後世語り継いでいかなくてはなりません。
そしてなにより、このような事実を知った上で友情を保っていくことが大事だと思います。

関係記事:http://www.asahi.com/national/update/0112/TKY200601120345.html
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by t-koba910 | 2006-01-13 00:34 | 思うこと